「自然の一部」という感性 
竹山団地は樹木や草が多いので鳥だけでなく、虫も多いです。
隣のジッちゃんが「夏は蚊が多いんだ」と言ってましたが、二回の夏を経験した限りでは、特に悩まされるほどではありませんでした。むしろ、素敵な虫もおおく、秋虫がにぎやかです。バッタ、カマキリも多い。先日の落花生みたいな虫(シロコブゾウムシ)のようにはじめて目にする昆虫も多いです。はじめて目にした虫や鳥、植物のことを検索してあれこれ知るのは楽しいですね。
地面や樹皮をつついて何かを喰んでいる鳥たちを見ていると、このジャンルに疎い自分でも『なるほど、このように命の循環があるのだなぁ。』と、実感します。
 
「人も循環する自然の中に生きている命の一つである」というのはよく目にするし、そうだな、と思ってきましたが、実感するのはここに来てからのような気がします。
町育ちなので小さな生物を身近に感じてこなかったからでしょう。
 
もしもっと早くからこういう感性があったら性格もかなり違っていただろうな、と思うことです。
話が飛びますが、以前飼っていた猫たちは、何かがかぶさっていると安心していました。
どこに行ったかしら!?という時は、いつもソファに掛けたマルチカバーの下に潜り込んでいました。それで毛がつきにくい専用の被り物(布)を用意していました。
 
これと同じで、命の循環、季節の移ろいなどを細やかに体感しながら暮らすのは、猫たちにとっての被り物と同じようなものですね。
 
ことさらに意識することなく、自分を取り巻く外部環境と自分がつながっていると、それが自分の基盤になって、アレヤコレヤと右往左往せずにいられたんだろうなぁ。
まぁ、右往左往しながら気がつく事もあったのかもしれないけど(>_<)
 
 
土曜日に団地外回りの雑草や樹々の刈り込み作業をしました。
同じ棟の先住者の方が数人で作業始めたを見かけたので、皆さんよりひと回り若い自分もお手伝いしないのは、と思って張り切りました。その結果、体中がバリバリで、土曜、日は食欲もなく完全にダウンしてました。
他の皆さんはどうだったのかなぁ。ここまで疲れたのは私だけだったのかもしれないなぁ。

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