
先日、NHK(多分Eテレ)で「孤独死」をテーマにした番組をやってました。父親が孤独死した若い女性が、後悔の念で遺物整理会社で働きはじめて、関わった孤独死現場を再現したミニュチュア制作をしている。制作したミニュチュアから孤独死に至った故人に思いを馳せたり、誰にとってもいつ起きてもおかしくない孤独死に興味を持ってもらいたい・・・というような趣旨の番組のようでした。
父をひとり残して家族が家を出た数カ月後に、孤独死した父を発見された・・・という経緯があったそうです。ひとりにしなければああいう死に方をしなかったのではないか、という思いがいまだにある、と語っていました。
まぁ、番組は孤独死を社会問題として取り上げているにしては問題提起とはいえない出来損ないでした。かと言って、取材した女性へのフォーカスの仕方も半端。
それは彼女自身が中途半端な状況だからなんだけど、番組はそこをつかないから(遠慮気遣いからか、制作スタッフも中途半端だからか)、訴求力がぼやけてしまっている。
社会で考えるべきテーマ、という扱いをしているのに、そこかしこで「個人の死に際」について情感に訴える手法はドキュメンタリーとして不出来でした。なので後味悪かったですね。
ワタシ的には「その人の死に方に格別の意味をもたせることには何の意味もないでしょうに。」って思うんだけどなぁ。
そうではなく、発生件数が社会として放置できない状況を踏まえて、なにか対応できる仕組みを作らなくてはならないのでは、というスタンスにしか意味がないと思うんだけどな。
見始めてすぐに不満になったものの、目下の急務「ひとり暮らしの死後事務手続き」の情報、例えばなにか社会的サービスが始まっている、というような情報があるかもしれない、という期待があって最後まで見たのですけどね。なにもなかった。
ワタシ的にイラっとするのが、そもそも孤独死という呼び方ですね。孤独死の定義は
“ 社会から孤立した結果、死後長期間放置される ” ような状態と明記されています。
「高齢社会白書」では
“ 家族や地域社会との交流が客観的にみて著しく乏しい状態 ” の方が亡くなった場合を指しています。

これに尽きるわっ
(ドラマmiuで菅田将暉が決めたセリフ)
*たき子さんコメントでしりました。
*文末に補足あり

独居に限らず、例えば家族の誰かが亡くなっていた時、それを見つけたら何をするのかしら? どこに連絡するの!?

異常死・不審死として処理されるんだ。

医師の死亡診断書が交付できる場合を除き警察が検視します。
・ 24時間以内にかかりつけの医師の診察を受けて、診察に関連した病気が死因であるとき(その医師が)死亡診断書交付可能です。
※これまで診察してきた病気とは異なる死因であれば作成できない!
家で亡くなって医師の死亡診断書が交付される事の方がレアな感じがします。亡くなる直前まで患っていず、脳梗塞とか心臓発作とかの病気で突然亡くなった場合は警察の検視対象です。救急車で搬送されて、その途中や、到着した病院で亡くなった場合は死亡診断書が交付されます。
これまで、事件性があるかないか、の判断かと思いこんでいました。

遺体だけでなく、室内状況なども対象になりますから、警察の検視が終わるまでは室内をいじらないことが肝要です。
補 足
*「俺は誰の物語にもならない」のセリフはこの記事に頂いたたき子さんのコメントで知りました。









