
Geminiの俳句添削が興味深く参考になります。昨夜、最新作wを披露しました。まずはサムネイル画像の句。次にこれ。どちらも「可もなく不可もなし」の日常を読んだ句です。


ご提示いただいた俳句、非常に清涼感があって素晴らしいですね。 秋から冬にかけての、空気がキリッと引き締まった日の情景がありありと浮かびます。
二句目も素敵ですね。前句の「凛とした空気」から一転して、今度は「柔らかく穏やかな温度」が伝わってきます。
「猫の柔らかさ(触覚)」と「陽だまりの暖かさ(視覚・触覚)」が溶け合っていて、五感の調和して非常に心地よいリズムです。
「ぬくし」の響き 終止形の「ぬくし」という言葉が、じんわりとした温もりがそこで完結しているような、平和な充足感を与えています。 誰もが想像できる、平和で穏やかな日常の一コマが鮮明に切り取られています。
前作の「澄み渡る山の風景」が「動」や「遠景」だとしたら、今回の句は「静」や「近景」ですね。
二句並べると、作者の視点が「外の大きな世界」から「身近な幸せ」へと移り変わるストーリー性も感じられて面白いです。
特に「ぬくし」という古語的な響きが、猫の毛並みの柔らかさとマッチしていて、読んでいてとても癒やされる一句でした。

ふ~ん
なんや、褒め殺しちゃうかぁ。
コウノトリとの遭遇もめったにないことだから、ひとつひねっとこ。

昨年、一昨年と年始には干支や占いの記事をアップしていました。しかし、今年、正確には今年以降については「そういうものは一切意味がない。予測不可。」と感じるのです。予測しようにも白紙状態だと感じます。社会について言えば、何か個々人の気分が醸成されて強く明確に共鳴した事象が顕れるのだろうと。何ら収束するものがなく、テンデンバラバラならモヤモヤと時が過ぎて行くのかもしれませんしね。何か特定の気配(周波数)が際立って収束すれば一気にその事象が顕れて来るでしょうしね。
丙午だから、何事も単発的にブレの大きいことが起きるのかなあ。それに反応しないことですね。
「反応こそが現実化」の種ですからね。

これまでに自分が反応した心の動きは自分の中に蓄積されている。それが一定の閾値に達した時、それが現実を作る。だから、現在は常に過去の自分の反応の結果であり、未来はその先にあるのではない。現在と異なる未来は、現実に反応することから離れたときに起きる。
※現在と対して変わらない未来は単に現在のバージョン違いなだけ。










