どことなく違和感あり|奥行きがなく妙に鎮まっているのは「異界」なのか

昨日の富士川。たくさんのシロサギが群れていました。一羽が飛び立つと次々に飛び立って、白いだけにとても印象的な絵になります。竹山団地やその前に住んでいた世田谷でもたまに一羽のシロサギを見かけたことがありました。頭にチョンとした羽があったので、富士川で見るシロサギとは別の種類ですね。大きさも一回り以上違いますし。

調べたら、シロサギという鳥はいなくて、”白いサギ”というべきなのだそうです。白いサギにはダイサギ・チュウサギ・コサギの三種類あり、チュウサギは渡り鳥で夏しかいないそうです。ということは富士川の白いサギはダイサギで、竹山団地と世田谷でみかけたのは頭にチョン羽のあるコサギだったのですね。

たくさんの生き物が動いているのですが、見える景色はなぜか現実味を感じません。この日は曇りでくっきり見えなかったのですが、そのせいだけでもなさそうに思います。これ「覗き見」でみた逆さの景色に似た印象です。奥行きがなく平板な印象。なにやら「異界」を思わせる・・・。
↓は少し引いた画像です。

 

どことなく鎮まった感じが漂っていませんか?”鎮まった"というのは動きが止まったという感じ。そしてそれがおさまり具合がいいのでその状態が続く。そんなイメージで使っています。

そういえば話がズレてしまいますが、20年くらい前に父と兄姉が住む宮崎に移住することにしたことがあります。とりあえずは借家住まいする事になり、向こうで物件を見つけてもらっていました。
その家が妙でしたよ。その頃、自分は勘が鋭い時期で、その異様さがヒシヒシと感じられました。その違和感は家に入った途端に感じました。その時は「ん!?」という感じ。

まさしく「鎮まりきった空間」でした。なかに入ったもの(人に限らず)のエネルギー活動をすべて抑え込んで停止させる空気でした。自分のエネルギーを閉じ込められるので、抑えつける圧を強く感じました。自分のエネルギーはその圧に激しく反発するので感情が高ぶりコントロールが困難な状況です。一刻もここから離れたい、その気持ちしかありません。しかし、見つけてくれた家族にはなかなか伝わらずいざこざに発展、決裂。移住は中止。丸一日も経たずの即決でした。この件で、父とも兄姉とも全縁。毎日が辛くしんどくて、戻れる日まで、毎日指折り数えていましたよ。辛い出来事でしたねぇ。

この借家には二ヶ月ちょっと住まざるを得ませんでした。世田谷のマンションを賃貸にするためにリフォームしていて、それが終了するまでは戻るに戻れない状況でした。最低限必要なものだけ開梱しましたが、洗濯機の調子が悪い。風呂を沸かしても湯船に使っている段階でどんどん湯温が下がります。抑えつける対象は人だけではないと気づきました。

近隣を見渡すと、どの家も木々が生き生きしているのに、この家だけは木が枯れています。数年、空き家だったそうですが、それにしても隣の家とこの家の空間は全く違うのです。又、庭はまだマシで、ひどいのは家そのものだと感じました。風水とかそういうのが悪いのか、地が汚れ(氣枯れ地)ているのか?と、よーく観ていると土地は悪くない。氣もよくはないけど悪くもない。問題は家。間取りは風の通りがとても悪いので風水的にアウトなんでしょう。それ以上に家の形、特に屋根の形が悪いようでした。非常に角度の浅い方形屋根でした。それがいかにも下に圧をかけているかのように見えました。

 

観ていると「鎮」という漢字が浮かびました。漢字が浮かぶという体験は始めただったので、隣の家も観てみたら、「穣」でした。隣家には数本の大きな植木が活き活きとしており、たくさんの柑橘類が実っていました。まさに「豊穣」の実りなのでした。住人の奥さんと話すると、この方も元気いっぱいの活動的な雰囲気の方でした。それとなく借家のこれまでを尋ねると

御夫婦と坊っちゃん三人ぐらし。おとなしいお子さんでしたよ。
新築で10年くらい住んでたけど、県内に引っ越されて、借家にしてたけど、なかなか借り手がいなくてね。ちょっと前に「自宅を改築する間だけ」という人が一年くらい借りていたわよ。

 

ふーん。お子さんが大人しかったのも当然だと思いましたね。エネルギーを抑えられるので。

長くなりましたが、「鎮まる」というイメージはこの体験が基になっています。で、話を戻すと、富士川の景色はこの「鎮まった」印象があります。あれほど嬉々として、ほぼ毎日河原で座っていたことを思うと、真逆の気分になっています。自分の感性の変化に怪訝な思いがありました。

「行きたくないな。」
「行ってどう感じるか、知りたくない。」
「行くなということかもしれない。」

などとアレコレ思いが変化していますが、今は「畏怖」な気分ですね。自分の感性が変化したのか、実際、空間が変化したのか、両方相まってのことなのか・・・知る由もありませんけどね。

異界というのはホログラムのように現実・現し世と相交わってゆらりと漂っているのかもしれません。

 

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