佳き流れがやってくる。日向ぼっこな日々

ネットで知り合った知人(親子くらいの年齢差)が手作りジャムを送ってくれました。数年来、庭の梅やベリー類、畑で栽培したルバーブなどで作ったものを送ってくれます。几帳面な性格で、それぞれの瓶に、材料や詰めた日時だけでなく砂糖の割合など細かく描いたメモが貼付されています。

今日荷物が届くのはわかっていましたが、ヨーグルトを装って数分後に到着、という絶妙のタイミングでした♫
届いたのは梅、ベリー、ルバーブの単独ジャムだけでなく、それらを組み合わせたものもあります。珍しく自宅採取ではない(購入した)紅玉メインのジャムもありました。鮮やかな赤が素敵です。上画像。早速日向ぼっこでいただきましたわ。甘さ控えめで加熱も控えめなのでリンゴの歯ごたえが絶妙です。とても市販品では味わえないタイプのジャムです。感謝。感謝。

 

昨日、何度か記事で取り上げたネドさんの講演をZOOM視聴しました。オンライン視聴は便利ですよね。これまで講演で感動したことが滅多にないのであまり期待していませんでしたが、とても素敵なお話でした。

話の背景にこれまでのネドさんはどうだったかを垣間見ることが出来ました。オカンと自称されているのでお子さんはいるのでしょうが、シングルマザーなのかもしれません。イラストレーターだけど、副業もやってこられたようです。これまでやった仕事が営業職が多かったらしい。
宅配便配送のドライバー補助スタッフだった時の話がなかなか面白かったです。

その頃、既に左脳から右脳の生き方に切り替えていたそうですが、この仕事を始めてから二ヶ月間、右脳がまったく鳴りを潜めたそうです。つまり、勘が働かなくなっていた。「あれ、右脳さん、どうしたのかな?もう、終わったのかな?右脳さんお任せは便利だったのにな。」と思っていたそうですが、ある時荷物を抱えて配送先の家に向かっている途中で

あ!
わかったぁ!

と、はっきりとした子供の声が聞こえた。疑いようもなくリアルだったので、思わず周りをキョロキョロみわたしたけど、誰も居ない。ふーん。妙だなぁ。気のせいとは思えないはっきりした子供の声だったけど・・・。
と思いながら、又歩き始めたら

右!
みぎっ!

と、強い口調で命令された。(これは頭の中でだったようです)これまで右脳が働いていたときと同じ感覚が戻っていた。そして、これまでになくとても強く言ってくる・・・。
「目的の家は真っ直ぐなのに。ここで右に行ったら次に伺う予定のお宅に近づくことになるんだけど・・・」と思いつつも、右脳さんがあんまり強く言うのでやむなく訪問先を変更したそうです。そしてそのお宅に着くと、ドアが開いて、今まさに出かけようというタイミング。
こうして再配達になるのを免れることが出来たのだそうです。その日はその後も同じことが起きたそうです。そして、その日以降も同じことが続き、ほとんど留守配がなくなったそうです。
再配達の比率があまりに少なくなったので、営業所の皆さんも不思議がられたそうです。

ちなみにネドさんに限らず、配送スタッフは程度の差こそあれ、留守宅ではたいていピンポン♪する前に「こりゃ留守だな」とわかるそうです。日頃の仕事が気配を探る訓練になっていて、気配を察知するスキル(右脳の得意分野)が磨かれているでしょうね。

 

ネドじゅんさん

右脳さんがニヶ月沈黙していたのは、私が始めた仕事が”どういう流れなのか”を把握するのに時間がかかったからだったのです。左脳と違って、右脳はこういうことは得意ではありません。なのでとっても時間がかかったのです。「わかったぁ」と言ったのは私がやっていることがどういう仕組みなのか、それがわかった、という意味でした。こうして、又”右脳さんお任せ”の生活が戻ってきたのでした。

 

このエピソードで”右脳にお任せ”の感覚が具体的にどういうものかよく理解できました。
この日のお話のキモ

 

思考しないで身体に聞いてください。身体のすべての細胞は宇宙意識につながっていてすべてを知っているのです。いつも身体の声を聞くようにすると少しづつ「!」と気がつくようになります。気が付かないのは思考が邪魔をしているからです。

 

90分のお話でしたが、非常にうまくまとめられた話で、わかりやすく、示唆に富んでいました。

最後に質問を少し受けていた中で面白い回答になったものがありました。質問者は随分スピリチュアルの本を読んでいる方でした。

Oshoが「思考を観察すると自分が理解できる。」と言っているけど、自分は思考を観察できないので、どうしたら出来ますか?

*Oshoは西洋人に受けているインドの瞑想指導者。Oshoは21歳の時に悟りに至ったという。彼は第二次世界大戦後、インドにおいて、最も論争の的になった人物であるという。スピリチュアルの本質を統合する哲学を雄弁に語る。長くラジニーシと名乗っていたが死の直前に度々名前を変え最終的にOshoとした。←Wikipediaより

 

バグワン・シュリ・ラジニーシ(Osho)は私が馬鹿にしている”多弁なスピリチュアル界の稼ぎ頭”なのでw ネドさんがこの質問をどう処理するのかな・・・と興味深く回答を聞きました。

 

私も長いこと抱えているものがあったので、いろんなカウセリングを受けたり、たくさんの本を読んできました。なのでその方がおっしゃっていることは素晴らしいことだと思います。
ただ、今の時代はそのやり方では時間がかかりすぎます。
私が感じているのは「思考は社会的なものになり、既に個人のものではない。」ということです。ですから、思考を見て自分を知ることは遠回りになると思うんです。右脳で直接身体と会話するのは手っ取り早いんですよ。

 

!!!

この下線部分。これすごい。ここを指摘する人はなかなかいないのでは。
「思考が個人のものではなく社会的なものになっている」という意味は、様々なバイヤスがかかって、純粋に個人の思考というものは限られている、という意味かと思います。
何を思考するにせよ、教育やメディアの影響が強く反映することを考えると尤もな指摘です。昨今のメディアの報道を見ると意図的に行われていることがわかりますし、仮にそうではないとしても全方位で真実を伝えることは不可能なのですから、何らかの方向性は排除できないわけです。又、個人もそれぞれの嗜好で取り入れる情報は偏っており、そういったものの上に思考が展開されているのですから、そういった思考を観察してそこに自分を見つけよう、とするのは絶望的に無駄な作業に思えます。
このあとに続いた「右脳で直接身体と会話するのは手っ取り早い」というのは大いに納得しますし、まちがいがないな、と共感した次第です。

 

前にもご紹介したネドさんのいっぱつ描き漫画「縄文」が完結しています。面白いですよ。結末が楽しい。

 

 

にほんブログ村 シニア日記ブログへ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スポンサーリンク
おすすめの記事