
朝いちで見上げる空や、皮膚感覚でキャッチする空気感に
『わー、違う!ぜんぜん違う!』
と感じることがたまにあります。
これまでもこのことに触れた気がしますが、自分のプログラムが稼働するベースとなるプログラムが大きく変化したのだと解釈しています。ちょっとしたアップデートではなく、バージョンアップです。
昨日の朝もそうでしたが、これまでになくダイナミックな変化だと感じました。変化というより”別のものに切り替わった”感じです。
それは起きてすぐ、庭に出て空を見上げる前に皮膚感覚でキャッチしました。細胞の間に空気が入り込んで、どこから自分の体の外なのかわからない。あるいは、カラダが細胞レベルの微細なレベルで周りの空気に溶け混んで浮いているような感触。それはとても楽でなんとも言えず安心感があるのです。
例えると水の中のスポンジのようです。スポンジの中に水が入り込んでいる。あるいは、ゆるーく丸まった細い繊維が周りの空気を含んでふわりと浮いている。 そんな感じです。
「水の中のスポンジ」のイメージは以前、自分と外環境(宇宙)との関係をイメージするのに思いついたのです。湯船につかってる時にw
自分を認識しているときはスポンジを観ています。スポンジの外の水を意識することは困難だけれど、スポンジの中の水を意識するのはさほど難しくはないのではないか・・・。それが出来た時、瞬時に外の水も意識できるのじゃないか。水の側に意識を向けたらどうだろう?その時スポンジ(自分)は在るだろうか?
自分は水だった、と気づくのじゃないか。
などと考えていました。そんなこんなで、外は気にせず、ただ内側を観るようになっていったような気がします。
昨日の朝、しばらく、その不思議な感覚を観てから、空を見上げたら、綿菓子のような雲の塊で埋め尽くされていました。これは「乳房雲」といいます。最近何度か「乳房雲出現」というニュースを見かけたので珍しい現象なのでしょう。
私が見たときは、上の画像より雲が白く明るく、雲どうしが離れていて、その隙間に見える空は薄青の空でした。空いっぱいに雲が在るのに曇り空という印象ではなかったのが不思議でした。
空も珍しかったけど、あの空気感は印象的でした。(乳房雲の空と空気感が関係あるのかはともかく)いつもは庭に出るとすぐ体操するのですが、そんな事するのはもったいない、としばらくふわぁ~としていました。
素敵でした。気持ちよかった。うれしかった。
板野 肯三さんの本に「雲は人の感情が作り出す。」とありましたが、この朝の乳房雲は人々の想いが変化したのでしょうか。あれだけの雲だったのだから、気持ちが軽くなった人も多いかも知れませんねぇ。たくさんの雲の塊がみるみるうちにちぎれて消えていき、その後はスッキリした青空が拡がったのも印象的な天気でした。










