心地よいことはすべて”あちらの”エールだ|坐行メモ

一週間くらい前から、坐る前に「蹲踞」をしている。「蹲踞」は丹田の強化になる。やり始めた頃は数秒単位でしかできなかったが、最近は数分単位になってる。形が整わずぐらついてひっくり返っていたのが、足首が痛くなってそこでやめる、というとこまでになった。

蹲踞のあとに坐ると、これがなかなか良い。意を丹田にすぐ落とせるからだろう。
暑い日が続くものの、日陰なら起きてすぐから8時過ぎまでは坐れる。(河原には大雨でも降らない限り、当分行きたくないので庭で坐っている。)

これまで内に意識を向けていたが、これを外に向けて、内と外の違い、なじみ具合などにも意識を向けている。内と外の境界では何を感じるか、はっきりした境界なのか、ぼんやりしているのか、どこからどこまでが内なのか、外なのか・・・

地面近くは風があるから坐るとそこそこ涼しい。心地よい風が内と外の境界、外気と接する自分の表面を撫ぜていく。心地よい風だ。

! と気づいた。

「心地よい」というのは
”エール”を感じて起きる反応なんだ。

 

自然がもたらす、心安らいだり、気持ちを切り替えるタイミングになるようなこと、まぁ、世間で乱用wされている「癒やし」ってアレ。この言葉が嫌いだね。甘っちょろくて、多用されているうちに嘘っぽくすらなっている。

そこで、端的にシンプルに言い表す言葉を探して「エール」を採用したよ♫。

「いたわり」「ねぎらい」「はげまし」、そして寄り添う気持ち・・・そういうのをすべてひっくるめて「エール」。

送ってくれるのは自然。自然そのもの。そしてその背後の「源」
これ以上ない強力な応援団だ。

 

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プリティヴィー・ムドラをすると思念が抑えられるようだ。又、丹田に圧がかかるのがわかりやすくなる。親指と薬指以外を伸ばしたまま維持するのが案外難しい。緊張が入るから。

プリティヴィー・ムドラ (Prithvi Mudra)
やり方:親指と薬指の先端を合わせる。残りの指はまっすぐ伸ばす。
意味:親指は火、薬指は地を象徴し、火と地の要素を組み合わせる。
効果:身体を強化し、精神的な安定をもたらすとされる。

 

丹田

骨盤に囲まれた領域。(解剖学的には存在しないが)肉体レベルではないレベルで空間がある。上から圧を加えると下からも抵抗圧が生じて、上下から押さえつけられて固くなる感触が得られる。これが「丹田を意識する」ことになる。

 

 

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