宇宙空間にいる宇宙飛行士
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一昨夜、チイちゃんが逝った。数日、飲まず食わずで自ら衰弱して旅立った。
チョチ君と同じ還り方だったけど、チョチ君ほど首尾良く出来ず、意識朦朧としてから何度も痙攣を繰り返して可哀相だった。痙攣が止まったとき、ほっとした。
そういう気持になるように計ってくれていたのか・・・。
チョチ君や、みーちゃんほどの仲間意識が育たず、いまいちビジター感覚があった猫さんだった。野良しているときフィリピン女性が保護してジモティーに里親募集で出ていた。
それまでの来し方をあれこれ知りたかったけど、日本語がイマイチで要領を得ず、まだ仔猫と思っていたけど、実際は3歳くらいだったのかも知れない。
手足が細長く華奢なアンバランスな体格からしても劣勢遺伝的なものがあった。避妊手術の際に医師が「あまり長生きしないと思う」といっていた。

ん!?様子が変かな? と感じてから衰弱がはやかった・・・。
数日の間、日に日に衰弱していく様子を観察するのはしんどい。少しづつこっちも見送る覚悟ができて看取る気持になるのだけど、それでもなかなか・・・。

自分が逝くとき、誰か看取ってくれる人がいるのかな? とか。それは寂しく旅立つのが気になるのだけでなく、死後のあれこれで誰かに迷惑をかけることが気がかりだ。お金を作って、その辺を没後処理契約して委託しておかないといけないのだけど。
自分のような立場のお一人様は増える一方なのだから、没後処理契約の手前のサービスいわば「看取りサービス」があると良いのに。(あるのかしら?)

それにしても、きれいさっぱり、いろんなものが失せていく。離れていく。
縁が切れた、ということだ。モノも人も。
すーっと消えていく。
SFで、命綱を自らを犠牲にした宇宙飛行士が、命綱を外して、すーっと漆黒の宇宙空間に静かに遠ざかっていく・・・という画面があるけど、あんな感じですーっと遠ざかっていく感覚がある。
寂寥感みたいなものはあるけれど、妙に静かに観測している眼がある。
ああ、遠ざかっていくなぁ・・・と、次第に麻酔が効いてきて意識が薄れていくような・・・

ふと浮かんだこと。
これって、物や人が遠ざかっていくのではなくて、自分が遠ざかっているんじゃないの!?
この視点にたつと、途端に寂寥感は失せて、むしろ明晰になってくる。その事象に自分の意志が関わっている、となるとまるで違ってくる。

娑婆でいろんなものが失せていくのは、深い自分が手放したからじゃないだろうか!?

ホバリングして娑婆から離れる事は、だんだんいろんなものをそぎ落としていることなんだろう。すると、身を守るものが剥がれていく。身体に近い物から生活を守るモノまで。次第に剥がれていく。

気がつけば、真っ先に剥がれたものは、自分を守る価値観・主義主張などの思考だったのだ。
思考などなんの力にもならない、と気が付いたとき、それは剥がれたのだ。
そう気付くと、次第に剥がれていくものが「内から外のモノ」へと波及するのは当然のことだと腑に落ちる。
基(存在基盤)を手放してしまったのだもの。

その次の存在基盤となるものが構築されていないのなら、その間は浮き草のように漂うしかない。とはいえ、娑婆で必要な装備が剥がれると、むき身で娑婆に居ることになる。
だから、弱くなっているのだ。ガードするものがないのだから。ちょっとしたことでくじける。

なんでここに来てそうなるのか!?目下、深いレベルでこれまでとはまったく違うパラダイムが構築されているのだろうか。それは希望だ。希望がある。
と、心がしっかりしているときは静かに思うのだけど、日々の心は弱っちいことこの上ない。

 

ランの生け花

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