積雪の桜
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目覚めたときには天気予報より早く、すでに雪が降っていました。みるみる内に桜の枝にも積雪。

桜にも積雪

 

毎冬、積雪するそうなので雪は珍しくないのでしょうが、雪に桜が珍しいのか、隣の棟の住人も撮影してました。他にもふたり。滅多に見ない隣人を見たので、なんだかほっこりして手を振ったら怪訝な様子でした(^^ゞ あれこれジェスチャーしたらカメラを掲げて「撮ってるよ~」みたいな挨拶を頂きました。
 *団地は大量の洗濯物が干され、布団が干されて生活感たっぷりなのに、ほどんど人を見かけることがないのです。時々、異なる位相空間にいるのか、と思うこともあるんですw

 

積雪のサクラを撮影する隣人

 

雪が降ったら桜の色が濃くなりました。濃く見えてるだけなのか、ほんとに濃くなったのか???

 

このくらいの深さ、6センチくらいは積もりましたよ。

 

雪に足跡

 

風が枝を揺すり、重くなった雪が落ちるころに陽が差し始めて、あっという間に桜に降り積もった雪はとけ落ちました。はやっ!

雪に洗われた雪は端清な輝きが増したように見えます。

 

昨夜、自分の感性が妥当かどうかがわかるかな、と思って「コロナウィルス渦」を易占してみました。
出た卦は26「山天大畜」(さんてんだいちく)でその大意は「停滞」です。スゴイですねぇ。ズバリじゃないですか。

マーフィ博士の解説は続けてこのようにあります。

この卦は大きな停滞を意味します。しかし運勢としては停滞に続く上昇を含んでいるので、停滞が悪いということではありません。
いまは耐え忍ぶ時期であり、失望したりせず、期待に胸ふくらませて、目の前の事柄をコツコツと処理していくことが大切です。 引用:「マーフィ博士の易占い」王様文庫
基本的にこの本(「マーフィ博士の易占い 運命が不思議なほどわかる本」王様文庫)の解説は読者個人向けなので、この後には個人が理解しやすいたとえ話を交えていますが、次の様に続きます。
・・・停滞を好ましくない、と考えることは当然ですが、大きな停滞には停滞という文字からは想像の出来ない深い意味があります。・・・宇宙の尺度で測れば、全ては相対的な価値観となり、どちらが進歩でどちらが停滞かわからなくなってしまいます。

その時は停滞と思っても、過ぎてから比べるとその時より悪くなってはいない。(一部簡略)それは大きな停滞に処する術を私たちが知ったからです。

ああ、やはりそうなんだなぁ。
と、自分の感じていることはズレていない、とおもいました。
すでに一部では「これを契機に暮らしが変わる」「社会のIT化が加速していく」などと、乗りこえた先を見始める傾向が生まれています。
私たちはこれまでに不安との向き合い方を段階的に学んできていると思います。
始めは2001年9月11日の同時多発テロ。あの時うけた衝撃、不安、恐怖はアメリカ国民にとどまらなかった。その後のアメリカ人のマインドはかなり変化したと思います。彼ら個人のマインドはタフになり、悲しみを抱えて賢明になったとおもえますし、おそらくそれを社会システムにも反映したでしよう。
それに続き、2011年3月11日の東日本大震災。この時も日本人だけでなく、あらためて自然の驚異に恐怖をおぼえた人が多かった。
このような大きな不安や恐怖を直接的、間接的に体験して、それぞれの個人がそれぞれになにか乗りこえたものがあり、互いにつながりを求め深めていく事がもっとも力になると実感してきたのではないか。
私たちは受容を広げ寛容になった。悲しみと寛容を知り、それが力になることに気付いた。私たちはタフになり、賢くなっている。と私は確信しています。

私は悲しみを抱えて居るけれど、
悲しみは力になると知ったの。
辛くてしんどかったけど、時が経てば
悲しみは私を辛抱強くしてくれたと気がついたの。
悲しみは消えない。それはエネルギーだから。
エネルギーだから力になって強くしてくれるのよ。
不安はあらゆるマイナスの感情の基になっている。
しかし、不安は私たちが産み出さなければ存在しないエネルギーなのです。そのことに気がつけば、まさに「幽霊の 正体見たり 枯れ尾花」なのです。
否応なくおおきな不安を抱くような事象が次々とおきる。それは前回よりもより強いものになっている。しかし、私たちはひとつひとつに対処し乗りこえていくにつれ、不安の正体を知ることととなっている。
不安の正体は自らが産みだしたものだ、と看破したとき、私たちは不安を作らなくなる。
だから、この先は明るい。まちがいなく。
と、私は感じています。

グレタ、よりよく生きるコツはシンプルよ。
明るいこと、素敵なことを見つけて目をそらさないの。
そうするとそれはどんどん輝きを増して
私たちを包んでくれるのよ♪

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