少食記録/2 2ヶ月経過

「OSの切り替え」を期待して10/30から「少食」を始めました。2ヶ月経過した現在の状況を記録します。
少食を始めるに至った経緯はこちら。
⇒ 食べ方を変えれば無理なく、確実に自分を変えられる

2ヶ月経過後の状況

食事量はそれまでの半分以下にしている。食べるものについては特に制限なし。
食べる量は体重の減少を考慮しながら、これ以上体重を減らさないように、特に炭水化物はある程度の量を摂るようにしている。

 

身体面の変化、気づき

以下の変化全てが少食によるものかは不明だが、記録。

 

体重減少

開始後2週間で3~4㎏減。あまりにペースが速いので不安に。
減少速度を気にしつつ、筋肉維持に努める。
1ヶ月経過後は筋肉維持を意識し始めたこともあり、減少ペースが落ちて2ヶ月経過後は体重維持している。53.3~53.5㎏ (着衣で計測なのでアバウト)

【筋肉維持対策】テレビ体操・チベット体操・階段の上り下り(大腿筋トレーニング)

 

ふらつき

日常でふらつくことがある。これは糖分不足と判断。

【対策】日中のこまめな糖分摂取を意識する。飴、甘酒など用意。
量が減っているのだから、これまでのように炭水化物摂取をヒビる事ないw

 

寒さを感じやすい

(気温に関係なく)ストレスで体温が急速に低下するようだ。

【対策】すぐに温める
チベット体操・衣類・暖房・温まる飲み物(スパイスは避ける)
もっとも効果があるのがチベット体操だが、原因はストレスたがら容易には解消できない。しかし、放置すると進行するから、とにかくやれることをやる。

 

空腹感

日中通して空腹をほとんど感じない。感じてもすぐに消える。
空腹感があるのは起床したときが多い。(朝はバターコーヒーとピスタチオ)
最近は起きてすぐにホットミルクに甘酒と生姜汁を飲んでいる。

意識して少食しているというより
単なる老化による「食の細り」かもw

 

入浴

入浴するととても疲れる。これは以前からの傾向だが、少食で更に強くなった感がある。入浴時は「極楽~♪」なのだが、風呂上がりに急速に体温が低下することが多い。湯冷めに気を使っているが、ちょっとしたタイミングのずれであれよあれよと身体が冷える。

【対策】入浴を控える。温まって冷めにくい水素入浴剤の使用

 

快便

これはうれしい変化で、とにかく毎朝、快調。1日2回のこともある。
力まなくてもスルスルお出まし。形も良く臭いが全くない。
ここまでの快便だから、腸内環境はすこぶる良いと思う。
調子が良いので快便対策のガラクトオリゴ糖、納豆の摂取はほとんどしなくなった。

 

メンタル

これはかなりブレが出てきた。ちょっとのっぴきならない状況だ、という時もある。

感情・情感

以前よりとくに分類するべき情感がなく淡々と在る・・・そういう時間が少しづつあることに気がついている。この時間が増えてきたらどんなに楽だろう・・・とか、こういう境地が目指す境地なのか・・・などと思う。

分類するべき情感がないという気分は「虚無感」とは違う。
ニュートラルなのだ。

しかし、メソメソや胸苦しさがひどくて、どうしようもない時間もあり、これは以前よりかなり深刻できつい。これは少食だけではなく、根底にはストレスがどっかりと居座ってることによる。食べることで誤魔化してきたのをやめたから、ストレートに痛みが出てしまう。

こんな感じで、上下の幅がすごく大きくなっている。ときに高邁なくらいの気分から真逆まで。なので、どちらの自分も淡々と観察するのは相当高いレベルの課題だ。

とはいえ、食べ方を元に戻しても、もう、もとには戻れないだろう・・・。気付いてしまったから。深い自分が。何かに。
・・・と、諦めというか、開き直りに近い覚悟をしている。

 

瞑想

これまでのマインドフルネスだけでなく、タントラヨーガの瞑想法(30才から長年続けていた瞑想法)も再開した。いつしか、なにかを目的に瞑想するのやめて、ただ静座するだけになっていた。それがそのままマインドフルネスのやりかただった。
マインドフルネスは広く知られているとおり、自分をリリースしてリラックスする。

ストレスが感じられて心がふらついているときはマインドフルネスで解放・リラックスし、メソメソしていないときは鍛錬としてタントラヨーガ瞑想にしている。

タントラヨーガ瞑想は各チャクラに意識を集中してチャクラの活性化を求める瞑想。チャクラを開いて超能力を得たい、という短絡者がタントラヨーガの本質を落としている。チャクラを開いて結果的に超能力が得られても、それに墜ちず高みを目指す、という高邁な瞑想なのだが。
始めた切っ掛けは、よく知らずにたまたま師と仰いだ本山博先生の瞑想がタントラヨーガだったから。他の瞑想法と比較して選択したわけではない。
マインドフルネスとの違いは、チン・ムドラー(智慧の印)を組むことと、舌の裏面を口蓋にくっつける、という点。
チン・ムドラーは親指と人差し指の先をくっつけて輪を作る。
両方とも単純なことだが、これをするにはマインドフルネスよりも強い丹田力が必要だと感じる。(目的がより集中するためだから。)
このことから、あきらかに解放(リラックス)ではなく鍛錬(緊張)なのだと理解している。

 

少食にしてからの瞑想は、時にこれまでにない深い瞑想のことがあるが、まったく定まらず静に入れないことが以前より増えているような気もする。もっとも以前よりストレスがかなりなものになっているから・・・。この状況で、たまにはちゃんと瞑想になるだけでもすごいこと。

深い瞑想はこれまで2回しか体験していないが、至福感とはまったく異なる。
至福感のような情緒的な要素がなく、ひたすらスッキリ!明快。
バグゼロの境地。おそらく相当時間θ波が継続していると思う。
どういう条件が整えばこうなるのか・・・!?
という問いすら陳腐。
ただ、あちらからやって来る。湧き上がってくる。

この体験はこの状況(少食ではなくブレの大きいメンタル状況)を凌ぐための力になる。

ここまでではないが、素晴らしくエネルギッシュな瞑想になることがよくある。
体中が熱くなって、確かさが感じられる。まちがいなくエネルギーが注ぎ込んでいる、とわかる。
これが少食による一番の変化かも知れない。

食べ物以外からエネルギーを得ている!!!

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